小説隣の同期くん

隣の同期くん 1

1.隣の席に座った同期くんが優しすぎる!

「ご飯が美味しい店だから」という誘い文句につられて人数合わせで参加したその合コンは、京玉線の飛田級駅近くにある小洒落た居酒屋で開催された。今回幹事を務める、隣の教場の萩原くんがセレクトしてくれたお店だ。曰く、ちょっと気の利いたさりげない一品が出されるのだとか。

生ビールで乾杯した後お通しをつまんでみると、確かに美味しい。お出汁の味が優しく染みる、ほうれん草の白和え。うーん、美味しいなぁ…と、もう一口箸を進めたときだ。

「おいヒロ!このお通し…すげーうまいぞ!」

「このくらいならオレでも作れるから、今度作り方教えてやるよ!ゼロは料理からっきしだからな…」

正面からそんなやり取りが聞こえてきた。

「ヒロ」と呼ばれた彼──諸伏くんは、こんな美味しい料理を『これくらいなら作れる』とのたま)った。えっ、すごくない?このクオリティよ?

警察学校を卒業したら、独身寮に入っても食堂なんて無い。わたしが唯一作れるダークマターみたいな玉子焼きなんて毎日食べたら絶対に身体壊すし、警察官としての務めにも支障が出る。健康管理も仕事のうちと考えたら、カップラーメンやコンビニ飯ももってのほか。つまり、わたしにとって自炊スキルは警察官になるための必修科目…!

「諸伏くん、わたしにも教えて!わたしも料理からっきしなの」

降谷くんに便乗して教えを乞うわたしを見て、諸伏くんは一瞬キョトンとしたあと軽く吹き出した。

「ふふっ…君もからっきしなの?」

「うん、ほんとに料理苦手でさ。玉子焼きすら危ういよ」

「玉子焼きも?そっかぁ、それは特訓する甲斐があるね」

少し頬を赤らめた諸伏くんの笑顔を見て、こちらもつられて笑ってしまった。なんだか可愛らしい人だなぁというのが、初対面で諸伏くんに抱いた印象だった。

その後、降谷くんと松田くんが殴り合いのケンカをした話や伊達くんと彼女さんとの馴れ初め話で盛り上がったり、萩原くんが遅れて来るやいなや彼の独壇場になったり。ワイワイ盛り上がって楽しかったけれど、諸伏くんに料理を教えてもらう話は具体的な形を成さないままお開きになった。

合コンから少し経ち、ほんの少し肌寒さを感じたその日の夜。部屋で勉強していたのだけれど、どうにも捗らなかった。こういう時は、環境を変えるに限る。気分転換のため、参考書やノートを持って食堂へ行くことにした。

わたしが必死に勉強しているのには、理由がある。

卒配先は、警察学校での成績で決まるらしい。成績優秀者は、都心部の忙しい署に配属されるのだとか。せっかくなら、米花署や杯戸署みたいな忙しい署で経験を積みたい。(教官曰く「米花署配属になって辞めなければどこに行っても通用する」という言い伝えがあるらしい)

そしてお父さんみたいな警察官になって、被害者も加害者も生まない平和な街作りに貢献したい。青臭いかもしれないが、それがわたしの夢なのだ。そのために、もう少し成績を上げて次の試験で10位以内に入るのが今の目標。

静まり返った夜の食堂は、心なしか部屋より集中できる気がした。1時間ほどペンを進めたところでいったん身体を伸ばすと、過集中で凝り固まった腕の付け根が軽く音を鳴らす。今日はこれで終わりにしようかな。…でも、もう少しキリの良いところまで頑張りたい。

そういえば、数分でも目を閉じると脳内の血流が改善されて疲労感が軽減するって聞いたことがある。

…5分だけ。ほんの少しだけ、目を休めよう。

机に突っ伏したわたしは、小休止のためまぶたを閉じた。

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