小説隣の同期くん

隣の同期くん 3

こうして、週に2回の勉強会を開催することになった。試験対策はもちろんのこと、授業の復習をしたり、次回までの課題をもらったり、至れり尽くせりだ。話を聞くと、諸伏くんは大学時代に家庭教師のアルバイトをしていたらしい。おまけに、お父さんが小学校の教員をしていたのだとか。通りで教え方が上手いわけだ。

*

「いただきます……ん、これ美味しい!」

「そうでしょ。自然な甘さだからハーブティーに合うかなって」

「うん、すごく相性良いね。わたし、この組み合わせ好きだなぁ」

何度目かの勉強会の後、諸伏くんとわたしはドライアプリコットとカモミールティーでちょっとしたお茶会をしていた。毎回、勉強が終わると諸伏くんが美味しい飲み物を用意してくれるのだ。ココアやカフェオレ、紅茶に緑茶、ほうじ茶ラテ……バリエーション豊富で、とにかく全部美味しい。

そして、ちょうど良い甘さのお菓子が、フル回転した脳みそにめちゃくちゃ染みる。終わったら美味しいご褒美までもらえるなんて最高すぎる……!もはや、餌付けされている気分。諸伏くんは、わたしが美味しいものに目がないことを知っていたのかなぁ。覚えてないけれど、もしかしたら合コンの時にでもポロッと話したのかもしれない。

「いつもありがとね。勉強教えてくれるだけで本当に助かってるのに、お茶やお菓子まで」

「いや、単純にオレが飲みたいからさ。終わった後の楽しみがある方がモチベーション上がらない?」

「確かに、めっちゃ上がる!正直に言うと、今日は何かなって楽しみにしちゃってるもん」

「ふふ、そうでしょ。あと、警察学校ここ) じゃ料理はできないから、飲み物作って気晴らししてるんだ。自分以外に飲んでくれる人が居たほうが作り甲斐があるから、オレも助かってるんだよ」

「とは言え、さすがにわたし諸伏くんに甘えすぎなのでは……?」

「はは、オレがやりたくてやってるんだから気にしないでよ。勉強教えるのも好きだし、百瀬さんの成績が上がったり美味しいって言ってくれたりするのも嬉しいからさ」

「……うん、ありがとう」

その邪気の無い笑顔に、なんだか心がふにゃふにゃになってしまう。よし、今は彼の厚意を素直に受け取らせてもらおう。そして、しっかり成績を上げて、いつかきちんとお礼をしよう。

*

それからしばらくして、いよいよ迎えた中間試験。諸伏くんのおかげで日々のモチベーションが上がっていたし、小テストの結果も良くなっていた。少し緊張はするけれど、やってやる!という気持ちの方が強く、攻めの姿勢で臨むことができた。

いざ試験が始まると、思ったよりも問題が解きやすくて少し緊張が和らいだ。途中、諸伏くんに教えてもらったところが出題された時には、思わず頬がほころんでしまった。終わってみると、自分なりに手応えを感じていた。後は結果を待つのみだ。

数日後、試験の結果が発表されると総合12位という文字が目に飛び込んできた。目標の10位には一歩届かなかったけれど、科目によっては一桁台の成績を収めたものもある。率直に言って嬉しい!これまでの自分では考えられないほどの結果に、思わず顔がにやけてしまった。夜、諸伏くんと試験の振り返りをしようと約束している。目標に一歩近づけたことと、諸伏くんに良い報告ができることが嬉しかった。

*

食堂で結果を報告すると、諸伏くんは満天の笑顔で喜んでくれた。

「やったね百瀬さん!おめでとう!」

「本当に諸伏くんのおかげだよ……!ありがとう!」

「いや、あくまでオレはアシストしただけだからさ。百瀬さんの努力の結果だよ」

「ただ、目標まで一歩及ばなかったからね。期末試験では10位以内を目指して、またがんばるよ。諸伏くんはどうだった?」

結果表を見せてもらうと、そこには総合3位の文字があった。

「3位!?す、すごいね……」

「オレが結果出せたのも百瀬さんのおかげだよ。教えることで自分の勉強になったからね」

「そう言ってもらえると、ちょっと救われるよ」

わたしは何もしていないどころか、いろいろとしてもらいっぱなしだったのに。サラッとこういうことを言える諸伏くんって、本当に優しいんだなぁ。

「……もし勉強以外で何かわたしにできることがあったら言ってね。諸伏くんにお礼したいからさ」

「お互いのためになってるんだから、気にしなくていいのに。……でも、何か頼みたいことがあったらお願いするね。ありがとう」

試験の振り返りを済ませた後、打ち上げと称したいつものお茶会が始まった。今日の飲み物は、珍しくジンジャーエールだ。わざわざ今日のためにどこかで買ってきてくれたらしく、一風変わった緑色の瓶に入っている。諸伏くんが用意してくれた氷入りのグラスに注ぐと、淡い蜂蜜色からしゅわしゅわと泡が立ち上って弾けた。いつものお茶会と違う雰囲気に、心が少し浮き足立つ。

「中間試験、お疲れさま!」

「お疲れさまー。乾杯!」

乾いた喉に炭酸を流し込むと、ピリッとした爽快な刺激を感じる。思わず「ぷはぁっ」と声が出ると、諸伏くんが可笑しそうに笑った。

「ははっ、百瀬さん美味しそうに飲むね」

「ホントに美味しいからさ。辛口で飲みやすいね、これ」

「そうそう、変な甘さが無くていいよね。あっ、よかったらこれも一緒に」

そう言って諸伏くんは素焼きアーモンドを取り出してくれた。

「おおっ!おつまみっぽくていいね。ありがとう、いただきます」

「打ち上げ感を出したくて、いつもと少し趣向を変えてみたんだ」

「確かに、ホントに打ち上げで飲んでるみたい。校内がお酒禁止じゃなければなぁ……」

そういえば、あの合コン以来、一度も飲みに行ってないや。中間試験が終わって一段落したし、玲奈や班の皆を誘って飲みに行こうかな……諸伏くんが持ってきてくれたアーモンドをぽりぽりとかじりながら、しばらく無言でそんな事を考えていた。

カラン、と氷の音が聞こえて、ふと我に返る。諸伏くんがジンジャーエールを一口飲み、小さく咳払いをしてから話し始めた。

「あのさ……オレ、百瀬さんにひとつお願いしたいことがあった」

「うん、なになに?」

「……今週の土曜日、もし予定がなければ買い物に付き合ってくれないかな?行ってみたい店があるんだけど、男だけだと入りにくくて」

「うん、もちろん!土曜日空いてるし、全然付き合うよ」

「助かるよ、ありがとう。それでさ……よかったら、買い物のついでに軽く飲みに行かない?今日の打ち上げの二次会ってことでさ」

「いいね、行こ行こ!今ちょうど、飲みに行きたいなって考えてたの」

「ふふ、それはよかった。じゃあ、10時に校門の前で待ち合わせよう」

「うん、楽しみにしてるね。お店探しておくから」

*

久々に飲む予定ができたのが嬉しくて、わたしは軽やかな足取りで自室に戻った。布団に入って目を閉じると、さっきの楽しい時間を思い出して自然と笑みがこぼれてくる。

赤ちょうちん系の焼鳥がいいかな、それともがっつり焼肉がいいかなぁ。街中華飲みや、寿司居酒屋なんかも捨てがたい……

そんな事を考えているうちに、いつの間にか心地よい眠りについていた。

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