小説隣の同期くん

隣の同期くん 5

5.犯人の隣で地獄の果てまでランデヴーする気満々の同期くんがちょっと怖い

「んー!美味しいー!」

看板に偽りなし。カップル限定ワッフルセットは最高に美味しかった。ラズベリー、ブルーベリー、ブラックベリーの爽やかな果実味に、クリームチーズのコクとハチミツの甘さが絶妙にマッチしている。

「うん、本当に美味しい。これは捜査して正解だったね」

「ふっふーん。そうでしょ?付き合ってくれてありがとね、もろ……ヒロくん」

いっけない、ワッフルが美味しすぎて素に戻りかけてた。この店にいる間、わたし達は恋人同士。目の前にいる彼氏(仮)は『ヒロくん』だ。

「どういたしまして、ちーちゃん」

わたしが言い淀んだのを聞き逃さなかったヒロくんが、ちょっぴり意地悪な笑顔を向ける。楽しくて気まずくて、少し気恥ずかしい。そして、ヒロくんのおちゃめっぷりが可愛らしくて、わたしも思わず笑ってしまう。

ワッフルと紅茶を楽しみながら、いろいろな話をした。ヒロくんの得意料理がビーフシチューだということ。バレーボール部と軽音部に所属していること。高校生の頃からベースを弾いていて、降谷くんとたまにセッションすること。6歳上のお兄さんをとても尊敬していること。ただ、頭が良すぎてたまに何を言っているのか分からないという話には思わず笑ってしまった(故事成語を多用するらしい)。

そして、長野出身だけど8歳の頃から東京の親戚の家で育ったこと。ある事件で、ご両親が亡くなったこと。

「オレは正直言って、まだ気持ちに区切りを付けられないんだ。──だから、ちーちゃんのお父さんへの気持ちを聞いて、すごく勇気づけられた。応援したいなと思ったんだ」

「そっか……」

ヒロくんにもそういう過去があったから、一緒に勉強しようって提案してくれたのか。自分だけでもきっと精一杯なはずなのに。

「こういうのってホントに人それぞれだし、簡単に気持ちを整理できるものじゃないよね。……でもさ、ヒロくんって強いね」

「──えっ?」

「自分の課題から逃げずにちゃんと向き合ってるし、他の人の応援までしてる。それって、芯の強い人じゃなきゃできないことだよ。だから、ヒロくんならきっと大丈夫。わたしはそう思うよ」

ヒロくんはハッとした表情になり、テーブルの上を見た。その視線の先を追うと、何故かわたしの両手が彼の手に重なっている……?自分の思わぬ行動に驚き、すぐに手を放した。

「わっ、ごめん!無意識に握っちゃってた……」

ヒロくんは一瞬キョトンとした表情になったが、その後ちょっと可笑しそうに微笑んだ。

「大丈夫だよ。『彼女』に手を握られただけなんだから」

「あ……ふふっ、そっか」

「この場の流れ」にしようとしてくれている機転と優しさが心に染みる。

「それに、さっきの言葉……嬉しかったよ。ありがとう」

どこか儚げで少し照れくさそうな笑顔に、胸がキュッとなる。ワッフルにかかったハチミツみたいな甘い余韻が蘇ってきた。思いがけず湧き上がったこの感情に、名前を付けてしまっていいのだろうか……わたしには、正直まだ分からない。モヤッとした気持ちを鎮めてしまいたくて、温くなった紅茶をゆっくりと飲んだ。

error: Content is protected !!